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東海道五十三次 街道をゆく(品川宿~川崎宿)梅屋敷編

 阪急交通社が企画する「東海道五十三次 街道をゆく」の第2回目の品川宿~川崎宿に参加したのですが、今回は前回の磐井神社編に引き続き梅屋敷編を紹介したいと思います。

弁当を食べた後は、また旧東海道を歩きます。
三原通り(美原通り)を通ります。


↑三原通り


↑三原通りの説明


↑繁華街・三原通りの説明

 この三原通りは、現在は想像もつきませんが、戦前は実は盛り場だったようです。
大森日活(映画館)や大森劇場(芝居小屋)、福寿亭(寄席)があり、夜店も立ち並ぶほど活気あふれていたようです。
蒲田行進曲という映画の舞台のようです。
ただ、この道幅は旧東海道を偲ばせます。

この辺りも海が近かったようで、海苔問屋がたくさんありましたね。


↑海苔問屋

 この旧東海道は参勤交代で大名がかなり通っていましたが、大名行列に遭遇した際には、町民などは道端で頭を下げて、大名行列が通り過ぎるのを待たなければいけません。
しかしながら、それを許された職業が2つあったようです。
一つは産婆で、もう一つは将軍家に献上する白魚屋だったようです。

 それから、羽田道の説明がありました。
この旧東海道から分かれて、羽田へ向かう道があります。
側道なので、道幅が若干狭めですね。


↑羽田道の説明


↑羽田道

それから、一里塚の説明がありました。
この辺りは日本橋から3里目となるので、約12kmの距離ですね。
一里が4.0kmか3.9kmかはもめるようですが、現在のところは4.0km説が優位なようです。


↑一里塚

 そして、梅屋敷公園へ到着しました!
江戸時代の頃には「和中散」という薬がこの辺りで売られ、食あたりや暑気あたりに効き、道中常備薬として旅人に珍重されたようです。

 その「和中散」の店が、この地に梅の木を集め、休み茶屋を開いたようで、梅の名所「梅屋敷」として有名になり、広重の浮世絵にも描かれたようです。

 明治天皇も8~9度来られたので、現在はこの地は聖蹟蒲田梅屋敷公園となったようです。

当時は梅の名所だったんですね。


↑和中散と梅屋敷の説明


↑広重の浮世絵の梅屋敷

 それから、道中で美味しそうな「志ら井」という和菓子屋があったので、大福と柏餅を買ってみました!
これがコシヒカリの米粉を使っているとのことで、想像以上に美味しい!
後で、アド街ック天国という番組をネットで検索してみると、このお店も取り上げられていましたね!
たまたま何も調べずに寄った店ですが、美味しいお店でラッキーでした。


↑志ら井


↑志ら井の大福など

次回は六郷神社編です。

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