前回に引き続き、阪急交通社が企画する「東海道五十三次 街道をゆく」の第7回目の平塚宿~大磯宿~二宮 (2)化粧井戸~弁当編について紹介したいと思います。
それからしばらく歩くと「化粧井戸」がありました。
伝説によると鎌倉時代の大磯の中心は化粧坂の浮き人にあり、当時の大飯その代表的女性「虎御前」もこの近くに住み、朝夕この井戸水を汲んで化粧をしたようです。
↑化粧井戸
そして化粧(けわい)坂の一里塚跡がありました。
この一里塚は江戸の日本橋から16番目ですので、約64kmの距離となります。
↑化粧坂の一里塚跡
それから、この日はラッキーなことに松並木がある街道筋で「大磯宿場まつり」が開催されていました。
露店がたくさんあり大変な賑わいでしたね^_^)
↑宿場まつりのポスター
↑大磯宿場まつり方面の様子
お笑いの芸?寄席?もやっていましたし、東海道五十三次の宿場町からの出店も結構ありましたね。
↑お笑いの芸?寄席?
↑由井宿の出店
また当時の大磯宿の詳しい説明もありました。
街道が広く感じます。
↑大磯宿の説明
それから太鼓などの演舞も賑やかで楽しそうでしたね。
↑太鼓など
それから、延台寺がありました。
元は法虎庵と称した虎御前(敵討ちを果たした蘇我兄弟の兄である曽我十郎の妻)の草庵とのことです。
↑延台寺入口
虎御石が有名とのことで、虎御前の成長とともに石が大きくなったし、蘇我十郎の剣難を救ったと言われているようです。
虎御石は建物の中に大事に保管され、赤い布で覆われているようでした。
↑虎御石の説明
↑虎御石の説明
↑虎御石が収められている建物
↑虎御石?
それから大磯宿の北組問屋場(といやば)跡の案内がカラーの絵で説明されていました。
当時の様子が分かり易いです^_^)
↑大磯宿の北組問屋場跡案内
それから定番の本陣跡もあります。
↑大磯宿本陣跡
もう一つの本陣跡は、大磯小学校の発祥の地でもあるようです。
本陣跡が小学校となることは全国的にもよくあるようです。
↑大磯宿本陣跡及び大磯小学校発祥の地跡
それから南組問屋場跡の案内もありました。
↑南組問屋場跡案内
それから、大磯は日本での海水浴場の発祥の地でもあるようです。
当時は泳ぐのではなく海水を浴びるのが目的だったようです。
というのは潮干狩りで健康になったことから海水を浴びるのは健康になると思われたためです。
だから海水浴なんですね^_^)
↑大磯海水浴場の石碑
ガイドの方による説明があったのですが、ポスターを見ると当時の海水浴の水着は現在とはかなり違うようです。
↑当時の海水浴
それから大磯には歴代首相が8人も住んでいたようです。伊藤博文や大隈重信、原敬、吉田茂などです。
↑大磯に住んでいた歴代首相8人
その平民首相として有名な原敬の別荘跡がすぐ近くにありました。
↑原敬別荘跡
大磯は著名人の別荘地として有名なようです。
夏は避暑、冬は避寒となり住みやすかったためのようです。
また落花生やサクランボ、マスクメロン、洋ラン、ガーベラ(花)も大磯から始まったようです。
そして12時40分頃に嬉しいお弁当タイムです!
今回は大磯の青い海を見ながらの弁当で、天気は良いしとてもよかったですね!
↑海を見ながら弁当
↑弁当
今回は饅頭もありました。
歩く途中に「新杵」という老舗があり気になっていたのですが、そこの饅頭とは嬉しかったです^_^)
↑新杵
↑饅頭
今回は大磯宿場まつりは楽しかったし、虎御石などの歴史の勉強になりましたね^_^)
次は、(3)湘南発祥の地~国府本郷の一里塚編です。
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